古代米とは、縄文時代や弥生時代に栽培されていた「発掘出土米」ではありません。「古代ハス」というハスの品種がありますが、これは古代の地層から発掘出土したハスの種が現代に蘇ったもので、学術用語として認知されています。
しかしお米には、正式な学術用語は存在しません。イネの種子は収穫後4年から5年で完全に発芽力を失ってしまいます。そのため、古代の施設や地層から発見された籾が現代に蘇ることはないからです。
イネは、他の農作物と同じように野生の植物を人間が改良したものです。イネの先祖は熱帯アジアの湿地に広く分布する「オリザ・ルフィポゴン」であると考えられています。
実際、オリザ・ルフィポゴンと栽培イネを交配すると簡単に雑種の種子がとれます。そして、その種を蒔くと正常な植物体になります。このため、オリザ・ルフィポゴンが自生している地帯では、水田の周辺に栽培イネと自然交雑した雑種を見ることができます。
したがって、イネが先祖種と考えられるオリザ・ルフィポゴンの自生するアジアのどこかで栽培化されたことはほぼ間違いないところですが、それがどこであるかを断定することはできず、これはイネに関わる多くの人の興味の対象なのです。
ロシアの遺伝学者バビロフが提唱した「遺伝子中心説」によれば「作物が最も遺伝的多様性に富む地帯が、栽培の発祥地」だということです。この説に従えば、インド北西部からミャンマー、タイ、中国南部に連なる山岳地帯が発祥の地ということになります。
たしかにこの地域一帯には籾の色や形もバラエティーに富んでいて、もち米や粳米などさまざまなイネが栽培されています。
遺跡の検証も、イネのルーツ(故郷)を探る有力な手段になります。遺跡から発見された古代米の多くは炭化していますが、放射性炭素によって年代を測定することは可能です。放射性炭素で測定された中で現在知られている最古の古代米は中国浙江省河姆渡遺跡と羅家角の古代米で、これらの地域でイネが栽培されたのは紀元前5世紀頃ということです。この江南一帯は水に恵まれ、漢民族が到達する古い時代から稲作が行われていたという記録が残されています。
また、タイ北部の「スピリットケーブ」とタイ東北部の「ノンノックター」の両遺跡も紀元前1万1000年~5500年という非常に古い遺跡で、これらの地域でも稲作文化が行われていたのは確実ですが、稲作の開始時期を特定できる遺物は未だに発見されていません。
イネのルーツを探る旅はロマンに満ち溢れています。
日本で主食として食べられるようになるまでには、いったいどれだけの時間をかけて、いくつもの国や地域を超えて、どんな民族の人々が伝えてきたのでしょう?
様々な研究で多くのことが明らかになって来ましたが、イネの起源にはまだまだ多くの謎が隠されています。